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迷宮

  *今日の歌

 

翳りたる植え込みより出でぬ蜆蝶は

 みな迷宮へ還りたるかは

 

クレームを喰らふことなく配達より

 戻りラ・フランスを手の平に

 

 びっくりした。今日ぐらいびっくりした日は近来にない。死んだと思っていたMさんから電話があったのだ。奥さんから「主人が先日」、といった具合に電話があることは一応想定していたが。それもないだろうと思っていたので、奥さんを飛び越して、まさか今生において、本人の声を聞くとは思わなかった。

 

 かてて加えて、金を返して貰えそうな気配だ。あまりあてにはしていないが、もしもそれが実現したら、住宅ローンがぶっ飛ぶことになる。仕事量が半減しつつある時節柄、夢のような話ではないか。資金繰り地獄を通過したこの俺だ、ダメ元の構えで状況の推移を観察しよう。

 

 死んだはずの男がもう一人いる。彼にも300万ほどの貸しがあるが、電話がかかってくることはまずないだろう。もう20年も前の夢の中に、ビルの狭間に仰向けに倒れている顔が、電送写真で送られてきたのであった。

 もっとも、ひっとしたら、ハローウインの日に黒いベンツが仕事場の前に止まり、風呂敷包み下げた男が、たしかこのあたりと聞いたが、といった風情でやってこないとは限らない。死んだはずの男から電話があったくらいだから、行方知れずの男がやってきたとしても不思議ない。