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山百合

 *昔の歌

 

青桐は地に倒れ伏しあらし後の天には

 暁の星の暁の星の光耀

 

眉青き若き牧夫が刈残せし

 長身の山百合と 自意識

 

 一首目。「青桐」は間違い。本来は「白桐」とでもすべきところだった。嵐によって吹き倒されたのは「白桐」であって、青桐(梧桐)ではなかった。梧桐は嵐に吹き倒されるようなことはない。思い込みは恐ろしい。無知は恐ろしい。そして言葉は恐ろしい。トホホ。

 今にして思うことだが、田舎の我が家の隣家は桐の木を育てる名人だった。私の子供時代には計三本の桐の巨木を有していた。田圃の下の傾斜地とか、道路下の傾斜地とか、いずれも傾斜地立っている点では共通していた。

 我が家では桐は全くだめだった。直径25cm位に育つのが関の山で、それくらいの大きさに育っても、一夜の嵐であっけなく吹き倒されてしまうのだった。桐の木を育てるには何か秘訣のようなものがあるのだろうか。ちなみに隣家は戦前までは地主で、我が家は小作人だった。地主と小作人。そうしたことも桐の木の育成と成長に何か影響を与えていたのだろうか。隣家の「末裔」がまだ村に残っているので今度帰ったら、何か秘訣があるのかと訊ねてみよう。

 二首目。この歌についてもあまり多くを語りたくない。「長身」に一工夫を凝らせばいい歌になった可能性もなくはない。発想は悪くないだけに惜しい歌だ。